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19 戦国雑

さ語り。~三国制覇第三節「伝国の玉璽」序盤戦:7月合戦週間~
魏対蜀:第7戦。
泰山サーバ(淮河の戦い)においては、3戦3勝で魏の勝利。
廬山サーバ(西塞山の戦い)においては、魏の勝利。
黄河サーバ(淮河の戦い)においては、蜀の勝利。

力動向と国勢変動。

国力推移
廬山:魏 5000→5100
廬山:蜀 4800→4700
黄河:魏 4400→4300
黄河:蜀 4000→4100
泰山:魏 4600→4700
泰山:蜀 4800→4700


国力ランキング(暫定)
1位→廬山:魏 5100 (10勝3敗) 残5戦中1、2勝で《正装》、5勝で《礼服》
2位→黄河:呉 4800 (8勝4敗) 残6戦中4、5勝で《正装》
3位↑泰山:魏 4700 (8勝5敗) 残5戦中5勝で《正装》
3位↓泰山:蜀 4700 (8勝5敗) 残5戦中5勝で《正装》
3位↓廬山:蜀 4700 (8勝5敗) 残5戦中5勝で《正装》
6位→黄河:魏 4300 (6勝7敗)
7位→黄河:蜀 4100 (5勝8敗)
8位→泰山:呉 3800 (3勝9敗)
9位→廬山:呉 3400 (1勝11敗)

ワールド合計ランキング(暫定)
1位→ 魏 14100 (24勝15敗)
2位→ 蜀 13500 (21勝18敗)
3位→ 呉 12000 (12勝24敗)

・廬山:魏、《正装》(5200)取得に迫る。
・泰山:魏、《頭巾》(4800)取得に迫る。
・泰山:蜀、廬山:蜀、《頭巾》(4800)取得権を失う。


感。
どうということもなく。
日頃のご愛顧、ただただ感謝。



▼三辞苑
 「三國志online」でしばしば使われる用語を適当に自己流の解釈で紹介!
▼きょうの武将
 独断と偏見で選ばれた1人の三國志武将を適当かつ勝手な解釈で紹介!


●三辞苑
陣形 じんけい

「連合」を組むことによって使用可能になる戦闘補助システム。
「徒党」単位で設定することになり、党首のみ設定を行える。
が、ひとつの徒党であっても「連合」を結成していなければならない。

「連合」を組みさえすればどこででも使えるわけではなく、
「合戦場」および「部曲戦場」、「闘技仕合」でのみ使用することが可能。
ただし、「闘技仕合」では「伏兵陣形」を設定することは出来ない。

陣形はそれぞれに個性があり、
ダメージ軽減をはじめとした守備に秀でる「鉄壁陣形」
武器攻撃に関する全てを高める攻撃特化の「激昂陣形」
両手具よろしく移動速度の上昇と妨害を担う「飛散陣形」
射程距離を伸ばしアドバンテージを得られる「射撃陣形」
攻守に優れる気攻撃系のエキスパート「方陣陣形」
迅速かつ強力に味方の援護と回復を行う「増丹陣形」
そして、姿を消し敵の不意をつける特殊な陣形「伏兵陣形」
以上の7種類がある。

陣形を設定すると党首を中心とした周囲にはサークルが出現し、
範囲内の徒党員にはそれぞれ陣形ごとの強化効果が得られる。
(必然的に党首は常時陣形効果を得られる)

また、陣形設定中はサークル内の徒党員全員で準備動作を行う「戦法」を使うことができ、
一つの陣形にはそれぞれ効果の異なる3種類の「戦法」が用意されている。
徒党員は気力を消費することは無いが、発動時にサークル内にいないと効果を受けられず、
(一部周囲の味方全てに効果を及ぼす「戦法」もある)
準備に参加した徒党員の人数で「戦法」の効果が変化するため、
可能な限り最大限の人数で「戦法」を行うようにしたい。

強力な「戦法」だが強力なだけにさまざまな制約があり、
技能のようにそれぞれ「戦法」には使用可能武器制限やレベル制限が設けられていたり、
「戦法」使用後は「戦法」ごとの再使用時間に応じた「戦法使用不能」の弱化効果を受ける。


とまあ長々書いてきたのだが、
どちらかというと「戦法」のことをさして「陣形を発動する」などと用いられることが多い。
戦法がいかに現仕様の合戦でウェイトを占めているか、ということの裏返し?

ただ漠然と党首の近くで効果を得るだけでなく、
状況に応じた「戦法」を活用してこその「陣形」、と言えるだろう。
「戦法」あってこその「陣形」、「陣形」あってこその「連合」。
そしてその「連合」は「協力」があってこそ成り立つものである。


使用例:「徒党2は飛散――、徒党3は方陣――でお願い」
誤用例:「いまこそ車懸の――を使うとき!」
     ※ありません



●きょうの武将
曹仁 そうじん

【夏侯惇】【夏侯淵】【曹洪】(そうこう)らとともに「魏」を古くから支えた武将。
『三國志online』では客将として合戦場や部曲砦に登場するほか、
「【曹仁】救援!」などの軍略でも出現する。

若い頃は人を集めて暴れまわっていたようだが、
兵を集めていた【曹操】の元に私兵を率いてかけつけている。

同期ともいえる【夏侯惇】らと比べるといまいち活躍の時期は遅かったが、
「呉」との[荊州]をめぐる戦いでは【周瑜】に重傷を負わせ、
包囲された【牛金】(ぎゅうきん)を救援するなどの目覚しい活躍ぶりを示している。

さらに後年は【関羽】に攻囲された[樊城](はんじょう)を堅く守り、
過酷な水攻めを受けるも【徐晃】ら援軍を待ち、ついに守り抜くことに成功した。

以前のわしは攻撃一辺倒だった
だが、経験を積んだ今では、防戦のほうが得意だとわかった
お前も自身の得手不得手をつかんでおけよ

(許昌宮城:魏所属時)

『三国志演義』では「八門禁鎖の陣」などで【劉備】軍を相手取るも、
【徐庶】(じょしょ)に見破られ散々な敗北を喫していたりと、かなりやられ役となっている。
もっとも、【劉備】もとい「蜀」を主役とした歴史物語の『演義』においては、
「魏」や「呉」がやられ役、引き立て役になるなんてのはよくあることなのだが…


…無理矢理三辞苑に関連づけてまとめてみようとしました。だめでした。


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